Zoo to Wild セミナー「神奈川県のニホンジカを考える」に参加

12月8日に、横浜市立金沢動物園が主催したZoo to Wild セミナー「神奈川県のニホンジカを考える」に参加してきました。

金沢動物園では、動物園で暮らす動物たちを通して、その野生の生態や現状を学ぶセミナーを開催しています。今回のテーマは「神奈川県のニホンジカ」ということで、3人の講師の方を招いての講演と、同園で飼育されているニホンジカを観察しながらのレクチャーが行われました。

神奈川動物園のニホンジカ飼育場
神奈川動物園のニホンジカ飼育場

■神奈川県のニホンジカ~その生態と実態

1つ目の講演では、丹沢けものみちネットワークの方から、神奈川県のニホンジカの生態と現状について聞きました。

もともと江戸時代まで平野部に広く生息していたシカは、明治以降に行われた平野・山麓域の開発、山地の森林伐採(スギ・ヒノキの人工林化)、狩猟等により人間に追いやられ、現在、神奈川県では、丹沢山地を中心に5000頭程のニホンジカが生息しています。中標高域は人工林の手入れ不足により林床の植物が成長せず食物が少ないため、シカは高標高域や山麓部周辺に多く住んでいます。シカは大食漢で、1日に1頭あたり5kg以上の植物を食べます。食物の少ない時期は、樹皮、落ち葉、地際のわずかな草を食べています。飢えに勝てずに魚を食べたシカもいるそうです。シカが高密度化して生息している高標高域ではその採食圧により林床植生が衰退したり、山麓部周辺では農業被害が発生しています。

神奈川県では、生物多様性の保全と再生(自然林での植生劣化の改善)、丹沢山地での地域個体群の安定的存続、農林業被害の軽減、分布域の拡大による被害防止を目標としたニホンジカ保護管理計画を策定し、自然植生を回復するための管理捕獲(個体数調整)や植生保護柵設置、中標高域の人工林整備によるシカの生息環境整備、農業被害軽減のための防護柵設置や管理捕獲による農地周辺のシカの定着防止等に取り組んでいます。

高密度化したシカの採食圧により森林が衰退すると、シカ以外の生物が住めなくなって生物多様性が破壊されるとともに、シカ自身も栄養不良となり、餓死したり正常な繁殖ができなくなってしまいます。シカが住める環境を整備するとともに、管理捕獲による個体数調整を行わざるを得ないのが現状とのことで、管理捕獲の結果、管理捕獲エリアのシカの栄養状態は以前より良くなっているそうです。

■ニホンジカの生息密度を管理する~管理捕獲の現場から

2つ目の講演では、神奈川県猟友会の方から、シカの管理捕獲について聞きました。

神奈川県のシカの管理捕獲は主に中標高域で行われています。巻狩りという方法で、25人位で山を囲んで待ち伏せし、無線や猟犬を使ってシカを追い出し、銃で捕殺します。(一例として出された資料では、21名で猟を行い、6頭のシカを捕殺していました。)捕殺したシカは個体管理のため体重測定等をして記録します。年齢を調べるため前歯を採取したり、栄養状態を調べるため腎臓を採取したり、骨髄を見ることもあります。今年度新たに発足したワイルドライフレンジャー等、シカの管理捕獲のための研究や新たな試みも行われています。

管理捕獲では、重たい荷物を背負って急な斜面を登り降りし、寒さや虫に耐えながら何時間も気配を消して待つそうです。滑落や銃の暴発・誤射等の事故も毎年発生しています(全国で発生した狩猟事故は環境省の鳥獣関係統計で見ることができます https://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs2.html)。

また、平成21年には銃刀法が改正され、認知機能検査(75歳以上)や射撃場での技能講習等が必要となりました。そのような厳しい状況の中、狩猟免許保持者は年々減少して問題となっています。

■管理捕獲後の資源の有効利用~シカ肉製品の開発

3つ目の講演では、日本獣医生命科学大学応用生命科学部准教授から、管理捕獲したシカを有効利用するための製品開発について聞きました。

「シカはただ殺されただけでは可哀そう。成仏させるためにシカ肉を利用しなければ」ということで、シカ肉製品を開発しているそうです。ジャーキー、ソーセージ、ベーコン等の試作品を見せてくださいました。

シカの心臓と肺と胃
シカの心臓と肺と胃

足場の悪い標高の高い山で捕獲したシカを担いで下ろし、解体施設へ移動することはとても困難です。シカ肉を利用する場合、死後すぐに解体し低温で保存しなければなりませんが、捕獲したその場で解体することは、消化管を傷つけると肉が細菌に汚染されたり、皮をはいだナイフで肉を切ると不衛生である等、衛生的に大きな問題があります。そのような現状では、シカ肉製品の大量生産はできないため、丹沢名物としてサービスエリア等で少量販売することを目指しているそうです。

シカ肉を利用しないと、シカは成仏できないのでしょうか。人間が利用しなくても、森に住む様々な生物がシカの体を分解し、シカは森の栄養となることでしょう。「利用できるものは利用しないと!」と考えるのは、単なる人間の強欲だと思います。

■動物園でのニホンジカ観察と解説

室内での講演の後は、動物園に移動して、飼育されているニホンジカ2頭を観察しながらのレクチャーが行われました。

同園のシカは、牧草、ペレット、イモ、ニンジンや園内の葉っぱを食べています。胃を丈夫にするようなエサを与えているとのこと。秋から冬にかけては、飼育場内の落ち葉も好んでよく食べているそうです。夏毛の場合は鹿の子模様の配列で、冬毛の場合はオシリの模様で個体を見分けることができます。緊張したときはオシリの白い毛を広げて目立たせます。

その他、管理捕獲や食肉利用について再び話を聞き、質疑応答をして、セミナーは終了しました。

神奈川動物園のニホンジカ
神奈川動物園で飼育されるニホンジカ

■おわりに

シカによる森林被害、林業・農業被害は全国で起こっており、平成22年度には全国で約36.5万頭(狩猟17万頭、管理捕獲等19.5万頭)のシカが捕殺されています(環境省統計「狩猟及び有害捕獲等による主な鳥獣の捕獲数」より)。シカの被害が増えた原因は、ニホンオオカミの絶滅、温暖化の影響で雪が少なくなったことによる冬期の死亡率の減少、ハンターの減少、拡大造林政策によるシカの生息環境の消失などがあげられています。

毎年何十万頭というシカが捕殺されていることは、とても心苦しいことです。しかし、森林の生態系破壊は大きな問題であり、捕殺せざるを得ない状況でもあります。日本の様々な地域で、シカの生息数を管理するため試行錯誤の対策がとられていますが、状況はあまり改善していません。シカの捕殺数もシカによる被害も減らせる有効な対策が早く見つかることを願うばかりです。

(M.T.)

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