阿部 治教授

立教大学、立教大学ESD研究所所長

教大学社会学部・大学院博士課程異文化コミュニケーション研究科教授、専門は環境教育/ESD。
現在、同大学ESD研究所長として日本を含むアジア太平洋地域の環境教育/ESDのアクションリサーチを行っている他、政府や企業、NGOなど多くの学外組織において持続可能な社会構築に向けた活動を展開している。

 生まれ故郷である新潟県塩沢町での幼児期における自然体験から、野生動物の保護・自然保護に目覚め、日本で最初の環境保護学科である東京農工大学農学部環境保護学科に入学し、シカやカモシカなどの生態調査に取り組む。学生時代は全国自然保護連合の事務局ボランティアを行うなど、積極的に自然保護活動に取り組むとともに環境学や環境科学のあり方などについて学友や教員らと議論する。

 自らの経験から自然保護意識の向上のためには自然体験を含む自然保護教育が重要であることに気づき、日本で最初の環境科学大学院である筑波大学環境科学研究科に進学し、中山和彦教授のもとで環境教育を学ぶ。院修了後は、国立特殊教育総合研究所の視覚障害教育研究部文部教官研究員を経て、筑波大学研究協力部技官として学術情報処理センターに勤務し、視覚障害者の教育機器開発のサポートをすると同時に環境教育専攻院生の論文指導などを行う。その後、同大学心身障害学系専任講師となり、人間学類の講義や環境科学研究科などの講義を担当する。この時代に清里で行われた清里環境教育ミーティングに参加し、全国の環境教育仲間とのネットワークを作り始める。

 1988年に埼玉大学教育学部付属教育実践研究指導センター助教授として移動し、学部生向けの情報教育を担当しながら、社会科専攻の科目として環境教育論を開講する。同時に日本環境教育学会設立の準備会を学芸大木俣氏、信州大渡辺氏らと立ち上げ、1990年に学会を設立する。翌年から同学会の事務局長を4年間担当する。埼玉大の所在地である埼玉県の県や市などの多くの部局で環境や環境教育関連の委員を務め、環境先進都市埼玉づくりに貢献する。また、日本政府による初の人文社会科学をベースにした国際環境研究所である地球環境戦略研究機関の検討委員会に参画し、設置後は環境教育プロジェクトリーダーとしてアジア太平洋地域の環境教育推進戦略を策定する。

 地球サミットでの日本市民による貢献を意図したブラジル市民連絡会議の環境教育担当としてジャパンレポート作成に貢献し、サミットに参加する。以降、環境教育における国際協力に関心を抱き、JICAやNGOなどを通じた国際プロジェクトにかかわり、訪問国は46カ国(2009)に達する。特に、80年代後半から90年代にかけて、従来の環境教育を「つながり」や「関係性」から整理し、「人と自然」、「人と人」、「人と社会」のつながり教育、関係性教育とする広義の環境教育を提唱し、その後のESD(持続可能な開発のための教育)の提唱を行う。

 立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科と社会学部現代文化学科の立ち上げるために2002年に埼玉大学より移動する。同年のヨハネスブルグサミットに際しては、準備市民組織であるヨハネスブルグサミット市民フォーラムの環境教育担当理事としてかかわり、日本政府への国連ESDの10年提案にかかわる。サミット後に、提案者としての責任を果たすべくESDの10年を推進する市民組織立ち上げ準備会を設立し、代表となる。この組織は「持続可能な開発のための教育の10年推進会議(ESD-J)」となり、代表理事として今日に至る。

 研究テーマとしては、持続可能な地域づくりに収斂する総合的な環境教育/ESDであるが、国際協力や高等教育におけるESD,生物多様性保全とESD、エコツーリズムなど関心の幅は広い。2007年に文科省オープンリサーチセンター整備事業によりESD研究センターを立教大学に設置し、主としてアジア太平洋地域を対象としたESD研究に取り組んでいる。
立教大学 阿部治研究室より

著書

  • 次世代CSRとESD 企業のためのサステナビリティ教育 ぎょうせい(2011/3/12)
  • 原発事故を子どもたちにどう伝えるか―ESDを通じた学び 合同出版 (2015/4/2)

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