動物実験の最新動向など
“未来へのバイオ技術”勉強会
『ヒトiPS臨床応用のカギを握る動物実験系』
~iPS細胞に関わる霊長類マーモセットからヒト疾患モデルマウスまで
2012年12月18日、実験動物中央研究所(実中研)の取り組みを紹介する、バイオインダストリー協会主催のセミナーを聞いてきました。すでに同協会による報告がサイトにアップされているので、詳細はそちらをご参照いただきたいのですが(既にリンク切れ)、動物実験の代替の話や最新動向といった興味深い話題があったので、感想も交えながら、動物福祉に関連する部分をご報告したいと思います。
「日本の競争力向上のための実中研の取り組み」
野村龍太氏(実中研 専務理事・副所長)
動物愛護法改正関連のヒアリングなどでもときどき名前の出てくる実中研ですが、「6匹のマウスから」を書いた野村達次がつくった民間の研究機関であり、実験動物の研究開発・普及などを行なっています。講演の中では、「(実中研は)実験動物のブリーダーではない」と繰り返し否定されていましたが、そのイメージが強いのも否定できない研究所です。(実際に、実中研の生産・供給部門を株式会社化したのが、大手実験動物販売業者の日本クレアという関係です)
実中研の設立から40年間は、モデル動物という「生きたものさし」(と言っていました)について、量産・供給体制確立し再現性のある動物をつくる時期であったとのことで、こういった研究を40年間続けるというのは、個人の研究所だからできたことだとのことでした。その後は、ヒト疾患モデルに代表されるような、新しい実験動物の研究開発を行なってきており、今後の研究開発の中心も、ヒト化マウスや遺伝子改変コモンマーモセット、再生医療等になるようです。
動物福祉を「最優先にしている」という発言もあり、その取り組み例として、動物実験の代替についての話も出ましたが、公式に採用されて世界中に普及するまでには20年から25年という長い時間がかかるという話でもありました。代替までにも多くの動物の犠牲をともないますから、本当に複雑な気持ちになります。
●短期がん原性試験システム
rasH2マウスを開発、普及させることで、がん原性試験の期間2年間を6ヵ月にし、使用数も減少させた。60社の製薬会社に試験してもらい、最終的にこのマウスが残り、世界標準となった。2012年、ICHの短期がん原性試験のガイドラインに採用されている。この次のステップとしては、2年間のラット試験についても、2カ月くらいやればよいとなるかもしれない。(5年後くらいか?)
●ポリオの安全性検定システム
PVR21マウスの開発、普及によって、ポリオ生ワクチンの神経毒力試験に使用する動物をカニクイザルから遺伝子改変マウスに置き換えた。このマウスをFDAに3万匹送って、カニクイザルと比較試験をしてもらった。WHOに採用されるのに15年かかっている。2005年に記載され、2012年にインドネシアの会社が切り替えたので、これで25年かかって世界中の試験を置き換えたことになる。
また、「100点満点の動物はいない」とも言っていましたが、常にほかの動物で補う必要があり、目的にあわせて用いる必要があるという説明でした。
●動物実験の最新動向
「世界的に動物実験を減らす方向にある」と、資料にも書かれていますし、はっきりそう言い切っていました。一般動物、特にラットが世界中で減っているとのことです。しかし、遺伝子改変動物の数は増大しています。
また、欧米の実験動物ブリーダーは、動物生産・販売のみでは運営できず、受託試験などの分野に進出して利益を確保しており、経営が厳しいために新しいビジネスモデルが必要だという話も出ました。実中研の事業の説明の中では、代替法といっても動物の生体を使うものだけしかやはり話が出てこなかったので、ぜひ、動物を用いない試験法についても新しいビジネスチャンスとして取り組んでいってほしいものだ……と思いました。
また国際動向としては、動物実験は中国・アジア諸国で増加しつつあるとのこと。日本の他社も海外進出しているが、アジアの動物実験の品質は不十分であり、「相当低い」。どの仕事を日本でやって、どこをアジアでやるかを考える必要があり、高度な試験は依然として欧米・日本でやることになるのが現状のようです。
最後に、殿町地区のKING SKY FRONTのバイオ拠点についての説明があり、壮大なプランが練られていました。少々恐ろしくなるとともに、こういったビジネス力のある会社がもっと幅広い代替法の展開に貢献してくれたらいいのにと感じざるを得ませんでした。
「iPS再生医療実現化を目指した小型霊長類コモンマーモセットを用いた前臨床研究システムの確立」
佐々木えりか氏(実中研 応用発生学研究部 部長)
世界中で騒然となった霊長類の遺伝子組換えを行った研究者が、コモンマーモセットの実験利用の現状と将来性について話しました。iPS細胞を使った再生医療の前臨床試験では、指針に霊長類を使えということが書かれているため、今後小型で利点の多いマーモセットが重要になってくるという位置づけです。霊長類は、脳で発現している遺伝子がマウスとは違い、その部分が高次機能をつかさどっているかもしれないということが最近わかってきたため、マウスでは不十分という話もありました。
またマーモセットは、ヒトと代謝が似ており、繁殖率もよく、小型であるため、扱いやすいとのこと。女性でも扱えるし、女性のほうが細やかなハンドリングができてよいとも言っていました。そして、トランスジェニックを作成できる点も、「利点」とされています。
遺伝子組換えマーモセットをつくるに当たり、動物は一匹も殺していないという話は以前にも聞いたことがありましたが、その点はここでも強調されていました。霊長類の場合は、高い倫理性が求められるので、受精卵の段階で選んで子宮に戻すという丁寧な作業がされていますが、マウスの場合は、生まれてきてから遺伝子組換えにならなかった個体を殺すという方法がとられているため、大量の犠牲を伴います。ずいぶんな違いです。(値段の違いだという話もありますが……)
遺伝子組み換えされたマーモセット2匹はパーキンソンモデルであり、既に大人になって、子どもにも遺伝子は受け継がれているとのことでしたが、発症するかどうかについてはまだ観察段階とのこと。MRIで見るとドーパミン生産神経は減っているが、行動は正常とのことです。このまま発症しなければ、動物モデルとしては不十分ということになるのではないかと思います。アルツハイマーや、自閉症、糖尿病心筋梗塞などの病気と同じような症状を発症するモデルもつくっていきたいとのことでしたが、幾ら遺伝子組換えとはいえ、人とマーモセットでは違いもあるはずで、人工的に作った病気で研究を行なってもそれがかならずヒトの治療につながるという保証はまだないのが現実だと思います。
マーモセットに関しては、ゲノムプロジェクトも走っており、脳のアトラスの話も出ていました。こういった情報が整ってくると、実験動物としての利用はどんどんしやすくなっていきます。実中研で飼育されているマーモセットの数は、900匹と聞いていますから、力の入れ具合は相当なものですが、PVR21マウスがポリオ検定でカニクイザル使用をやめさせたほどの勢いで中型サルの代替となっているわけではないと感じました。(どちらのサルなら使っていいというものでもありませんが)イメージング技術の活用その他、丁寧な研究手法をとることについてもセットで広まってほしいものです。
というのも、偏見かもしれませんが、動物の丁寧な扱いというのは女性研究者だからできることのようにも感じられてしまい、皆が同じようにしてくれるかは正直、疑問に思ってしまうのです。
※ほかは、ヒト化肝臓マウスなど、実中研の開発したほかの「商品」についてのお話でしたが、専門的な話も多かったので主催者による公式の報告に譲り(注:既にリンク切れ)、ここでは割愛いたします。
(S.A.)
2012年の京都大学・山中教授のノーベル賞受賞以来、iPS細胞技術に期待する世論が盛り上がっています。それによって、動物の利用が当然であるかのような風潮に拍車がかかっていると感じますが、ではiPS細胞技術は、動物実験を減らすためには[…]