傷の治癒や治療法に関する研究では動物が使われており、実際に体を傷つけることが行われています。
しかし、今年1月に”APL Bioengineering”誌に公表された、ボストン大学バイオロジカルデザインセンターとハーバード大学のヴィース(Wyss)研究所の研究者らが行った研究では、血管の形成を伴う三次元の(立体的な)ヒト培養組織を用いた創傷治癒モデルがつくられ、創傷治癒の早期の段階で異なるタイプの細胞がどのように寄与しているのかが観察されました。これまで、培養細胞を用いたインビトロの試験法では、二次元の(単層の)ものしかありませんでした。
APL Bioengineering 5, 016102 (2021); https://doi.org/10.1063/5.0028651
この研究では、研究者らは、創傷の治癒に関与することが知られている2種類のヒト細胞(線維芽細胞と内皮細胞)を、コラーゲンや、血液凝固に関わるタンパク質であるフィブリンで構成されたゲルに混合。このモデルでは3日以内に血管が成長し始め、血管化した組織が形成されたとのこと。この血管化した組織を切り、傷がどのように治癒するかを数日間かけて観察しました。その結果、使用した2種類の細胞のうち、線維芽細胞が創傷治癒に関与しているのではないかという結論を導いています。
人と動物で異なる治癒の過程
一般的に、創傷治癒の研究には動物が用いられていますが、動物と人では傷の治り方に決定的な違いがあることがわかっています。
例えば、マウスやラットでは傷が閉じるのに収縮が主な役割を果たし、肉芽組織の形成が必要ではないほどであるのに対し、人間では肉芽組織が形成されて創傷が閉じます。人の創傷を再現する「よい」動物モデルがないことが、この分野の研究のネックであることを、何とか動物実験で研究しようとしている科学者たち自らが認めています。(下記参照)
こうした根本的な違いがあるにもかかわらず、動物を使った創傷研究により、おびただしい数の動物たちに痛みを伴う処置が施されています。マウス、ラットだけではなく、イヌやブタも犠牲になります。皮膚が切除されたり、穴が開けられたりし、合併症として、痛み、感染症、栄養失調、死などを伴います。
こうした苦痛度の高い動物実験は、時代遅れとなるべきでしょう。
動物に痛みを伴う傷を負わせることなく新しい知見を得るために、今回ボストン大とハーバード大のチームが開発したような、現代的かつ人道的なアプローチによって「人で何が起きているか」を研究する方向性こそ、発展させるべきです。新しい創傷治癒モデルは、組織工学と生体力学によるモデリングを用いた新しい手法により、動物を傷つけたり殺したりすることなく、微小環境で何が起きているか研究できることを実証しています。
参考文献:
必死に動物実験で再現しようとしている人たちも、よい動物モデルがないことを認めている
「正常な急性の創傷治癒を支える基本的な細胞および分子メカニズムについて様々な動物モデルから多くの知識を集めているが、慢性創傷修復の病理についてこれらのモデルからわかったことはほとんどない。これは、この研究分野で使用されている動物モデルが慢性創傷の臨床的特徴を再現できなかったためである可能性がある。」
「ヒトの創傷を適切に再現することができる最適な前臨床モデルがないことが、基礎研究から臨床への橋渡しにおいて重要な課題であることに変わりはない。」
Ayman G. et al., Journal of Investigative Dermatology, Vol. 138, Issue 10, Oct. 01 2018
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jid.2018.08.005