海洋哺乳類学者ナオミ・ローズ博士へのインタビュー
イルカとシャチの飼育に関し、日本で起きているいくつかの問題について、海洋哺乳類学者であるナオミ・ローズ博士にお話をうかがいました。3回連続でお届けします。第1回は、神戸須磨シーワールドで起きているシャチの陸への乗り上げについてご見解をお聞きしました。
ナオミ・ローズ博士プロフィール
ナオミ・ローズ博士はワシントンDCの Animal Welfare Institute(AWI、動物福祉研究所)の海洋哺乳類科学者で、カナダのノバスコシア州にある、水族館から引退したイルカやシャチのためのサンクチュアリ「ホエール・サンクチュアリ・プロジェクト」の理事も務めています。ローズ博士はアメリカだけでなく、そのほかの国でも鯨類の生体捕獲や売買、飼育の問題に対するキャンペーンや団体に関わっています。
アメリカ合衆国議会では4回証言したことがあり、国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会(SC)のメンバーで、環境問題やホエールウォッチングの問題にも取り組んでいます。
35以上の科学論文の著者あるいは共著者であり、数多くの出版物や記事を執筆し、動物保護の本に寄稿しています。ローズ博士は毎年3つの大学で講義を行い、アメリカ国内外の様々な会議やワークショップに参加しています。ローズ博士の研究はデイビッド・カービー著『シーワールドでの死:シャムと飼育下のシャチの闇(Death at SeaWorld: Shamu and the Dark Side of Killer Whales in Captivity)』にも掲載されています。
1992年にカリフォルニア大学サンタクルーズ校で生物学の博士号を取得、博士論文は「野生のシャチの社会行動(the social dynamics of wild orcas)」でした。
ローズ博士は長年にわたり、鯨類のリハビリと海へのリリースの4つのプロジェクトに関わっています。また、マーリン・エンターテイメント社(Merlin Entertainment)が引退したイルカをヨーロッパの海辺のサンクチュアリ(保護区)に引退させるという提案にアドバイスを行うチームのメンバーです。
ローズ博士は映画「フリーウィリー」に出演したシャチのケイコを故郷のアイスランドの海に戻すプロジェクトにも関わっていました。オホーツク海で捕獲され、狭く汚い水槽に囚われた18頭のシロイルカたちのドキュメンタリー『自由を求めて』(Born to be Free)にも出演しています。
第1回 神戸須磨シーワールドのシャチのステージへの乗り上げ
神戸須磨シーワルドではステラとランという母娘のシャチが飼育されていますが、昨年11月、娘のランがステージに上がってしまい、それを母のステラがプールへ押し戻そうとする様子がSNSで話題になり、ニュースにもなりました。その後も、同様の行動を繰り返しています。この行動を専門家としてどうご覧になるか、お聞きしました。
参考動画

●野生のシャチ 狩猟のための座礁
実は、水族館のステージでは、よくそういうことをしている。ステージの上で記念写真を撮るとき、シャチたちは背中を反らし、人々は写真を撮り、そして水の中に戻っていく。それは訓練された行動です。しかし、野生では意図的に行うものではない。野生のシャチが意図的に座礁する場所は、私たちが知る限り2、3か所しかありません。アルゼンチンとインド洋のある場所では、狩りの手法として確認されている。非常に危険な狩りの方法で、座礁して海に戻れなくなることもある。潮が引いてしまうなどからだ。そのため、シャチが子どもを訓練しているときは特に危険です。訓練され、教え込まれた行動であるため、幼いシャチは永久に座礁し、まだ十分に学んでいないために死んでしまう可能性があるからです。(この狩りは)遊びでやっているのではないことは確かだし、それが結論だ。狩りのためとはいえ、危険な行為だ。トリッキーで危険な狩猟技術であり、彼らは遊びではやらないだろう。
●飼育下にあるシャチの座礁 モーガンとランの場合
飼育下では、これは訓練された行動であり、ショーの曲芸なので、彼らはそのやり方を知っている。しかし、ショーの時間外で、トレーナーのコントロール下にないときに行うと、間違ってステージの上で動けなくなることがあります。
スペインのテネリフェ島のある水族館で起こったことだが、攻撃から逃れようとしたモーガンというメスのシャチがステージに上がってしまうことがあった。スペインの水族館では、メスのシャチの1頭が他のシャチに殴打されたため、かなり長い間ステージに上がっていました。彼女は他のシャチから逃れるために10分ほど水から離れた。ただ、彼女はランがしたようなことはしなかった。ランは明らかに水に戻ろうとしてもがいていた。モーガンの場合では、ただそこに横たわっていた。他のシャチから明らかに狙われていて、モーガンはそれを避けようとしていた。
(陸への乗り上げは)自主的にやらないわけでも、ショーの外でやらないわけでもない。実際、ショーのために覚えた曲芸のどれにも言えることだが、一度やり方を教わればできるようになるため、ショーの外でもどんな曲芸にも挑戦することもある。しかしランとステラの場合は違ったと思う。ランは身動きがとれず、明らかに水の中に戻りたがっていたが、ステージの上のほうに行き過ぎていたようだ。普通なら尻尾を水面に向けたまま、ステージから突き落として水面に戻るのだが、彼女はくるりと回転してしまい、水面からかなり離れてしまったようだ。これは間違いであり、母親が彼女を水面に戻そうと端に近づいたという事実は、彼女が苦痛を伝えていたことを示唆している。だから、これが遊びだという考えは、明らかにプロパガンダだ。誰かが動揺したり、悩んだりするのを避けるために、(水族館は)一般大衆にこのように言わなければならないわけだ。
●水族館による意図的なミスリード
これは明らかに、シャチの行動に関する正確な情報をまったく伝えていない。飼育下であっても、野生のシャチが遊びの行動としてしないのとまったく同じ理由で、遊びの行動としてすることはありません。なぜなら危険だからだ。実際、彼らは完全に水生動物なのです。そして、もし彼らがそのように陸に上がり、そのような間違いを犯すと、野生でもそうなのだが、波の判断を間違えたり、潮の流れを読み違えたりして、立ち往生してしまう。そして、それは良い結果をもたらさないかもしれない。だから、彼らが遊びとして戯れるようなものではないということだ。
私たちはシャチを思うほど理解していないし、その理由もはっきりとはしていない。シャチはとても思慮深い、計画的な動物なのではっきりとした理由があるのかもしれない。彼らはそうするように訓練されているし、自発的にそうすることもできる。だから、ただ衝動的にやったのかもしれないし、訓練されたことを思い出して練習したのかもしれない。そういう可能性もある。
もう一つの可能性は、彼女が何らかの苦痛を感じていたことだ。一旦それをやってしまい、間違った体勢になった彼女は明らかにミスを犯し、明らかにそこにいたくなかった。彼女は水中に戻りたかったのに、戻れなかった。その苦悩が私には伝わってきたので、施設側が一般大衆に「これは遊びだ」と言うのは非常に苛立たしい。シャチの生物学者として、彼らはシャチの行動に関して一般大衆をミスリードすべきではないと思う。
(飼育下の)動物たちの生活は退屈だ。ブロック(*)が設置されるまで、ランがそれを何度も繰り返したのは、最初にやったときにプールの中の狭い生活に退屈感を感じていたためだろう。その日、いつもと違うことが起こった。最終的に水中に戻ったとはいえ、あまりいい結果ではなかった。あまりいい結果ではなかったが、またやってしまった。私には苦悩が感じられた。私が一番理解できないのは、もしこれが単なる遊びの一例であるならば、なぜ彼女にはそれを続けさせなかったのだろうかということだ。なぜステージにブロックを置く必要があるのか? 彼らの対応は一貫性がない。論理がかみ合っていない。遊びなら、楽しいなら、危険な行為でないなら、やらせればいいのではありませんか。それを止めさせようとするのだから、明らかに遊びではないし、危険だという判断がされたのではないか。安全でないことは明らかで、そうでなければブロックを設置することもない。
〔*5月30日に乗り上げを予防するためのブロックが設置されたが、6月1日には撤去されたがことがSNSで観客が投稿していた〕
彼らは知的で、複雑で、社会的な動物だ。選択は、人間やチンパンジーのような知的で複雑な動物の持つ特徴である。彼らは選択をする。彼らから選択肢を奪い、その代わりに本質的に退屈極まりない生活を与えれば、彼らは物ごとにスパイスを加えるためにどんな機会でも手に入れようとする。
つまり、これはすべて選択の問題であり、リーダーに従うことがすべてではない。彼らは無能な自動人形ではない。しかし、何度も何度も同じ曲芸をやらせることで、彼らは無能な自動人形になってしまう。だから、彼らは物事にスパイス(刺激)を加える方法を見つけるだろうし、それこそが彼らが危険な理由だ。だからこそ、彼らは何人もの人々を傷つけ、何人もの人々を殺してきたのだ。しかも、それは飼育下での話だ。彼らは野生でスパイス(刺激)を加える必要がないからだ。
重力で内臓などが押しつぶされるという説もあるが、10分程度や1時間程度ではそれはあり得ない。もっと大きい鯨類などには不快感があるかもしれないし、1日や2日経てば身体的な害を及ぼすかもしれない。しかし、シャチが数分や10分では、そんなことはない。
それはわからない。ランは苦しんでいるように見えたし、ステラは明らかに彼女を海に戻そうとしていた。しかし、彼女は何度もこれを試みたので、退屈を紛らわすためにやった可能性が高い。この行為によって、彼女は永久的なダメージを受けたのだろうか? 何度もやったということは、明らかに 「ノー 」という答えしかない。彼らは破壊的な生き物ではないし、自殺という行為もあり得るが、そうするには極度の絶望に追い込まれなければならないと思う。何年も飼育下で生き延び、どうにかこうにか対処しているのだから。しかし、彼らは繁栄しているわけではない。(適応しているなら)彼らは繁栄しているはずで、もしそうでないなら、彼らはそこに属すべきではないのだ。しかし、1年以内に死んでしまうわけでもない。
鯨類には(捕獲後)1年以内に死んでしまう種がいる。飼育下での生活に耐えられず、日常的にパニックを起こして死んでしまうのだ。スジイルカ、マダライルカなどこれらはすべて同じステネラ属だが、この種は他の種よりもストレスに非常に弱い。閉じ込められることに対処できず、捕獲後1年以内に死んでしまうことが多い。属として、捕獲時や捕獲後のストレスに対処するのが難しい生理的な何かがあるのだろう。欧米では1950年代から1960年代にかけて、ステネラ属のいくつかの種を飼育しようと試みたが、何をやっても捕獲した個体は1年やそこらでは生き残れず、たいていはそれよりはるかに短い期間で死んでしまった。捕獲時に妊娠していて堕胎しなかったステネラ属のメスによる出産は何度かあったかもしれないが、それにもかかわらず、それらの子孫は生き残ることができなかった。しかし、ステネラ属が飼育下で繁殖し、妊娠・出産した例はないと思う。
中国はまだステネラ属を飼育しようとしているが、彼らは歴史を知らないし、この属が飼育にうまく適応しないことも知らない。飼育下ではあまり長生きしないことはもうわかっていますが。彼らはビジネスモデルを変える必要がある。日本沖のハンドウイルカの数が足りないからという理由で、他の種に挑戦するのは時代に逆行している。



