獣医学教育改善の議論では、動物福祉が置き去り

昨日の動物愛護部会で、獣医学や獣医師についての話題が出たので、最近怠っていた傍聴報告の続きをしなければ!と思いました。

文部科学省の「獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議(平成23年度~)」は、現在第10回までが進んで、今度の火曜日に第11回目が開催されますが、現在のところ、論点整理に動物福祉の話題が入っていません。前期のときは、環境省(動物愛護管理室)もオブザーバー参加していたのですが、今期(平成23年度~)は呼ばれていないようで、このことにも「動物福祉排除」の傾向を感じざるを得ません。

ここのところの議論は、獣医学教育の質(ひいては動物そのもの)は置き去りの状態とも言え、獣医師の職域拡大・既存利益確保がやはり最大の関心事という印象です。

第9回で配られた、これまで出た主な意見の一覧には、若干動物福祉の観点での発言も含まれていたのですが、第10回で公開された論点整理では一切出てこなくなりました。

そもそも会議の委員に獣医療のユーザー側が入っておらず関係者のみなので、そうなることは必至かもしれませんが、獣医学教育の改善は「獣医師という資格とその職域確保のためであって、動物のためではない」ことが色濃くなってきています。

特に、この直近の2回の話し合いで特に印象に残っているのは、獣医学科の定員増の是か非か問題です。

第9回では、唐木英明氏が「ライフサイエンス研究をする研究者を増やすために定員増が必要」と話し、日本獣医師会会長などが、「今の低い教育の質のまま獣医師を乱造しても意味はない」と真っ向から対決ムードでした。

この議論の中で、むしろ獣医師の資格を得ながら獣医師以外の職域に行く人が毎年2割もいることが、医師資格にくらべて問題であり、ここを何とかするべきではないかという話がありました。獣医師会調べでは4000人が資格を持ちながら獣医師の仕事をしていないのだそうです。

医師とは待遇が違うと言ってしまえばそれまでですが、6年間の獣医師の養成(しかも、かなりの少数限定教育と言える)に公的財源が投下されていることを考えれば、やはり市民としてはこれは問題に感じます。女性に対する職場環境の改善なども必要ではないかという意見が出ていて、全くその通りだと思いました。

また、昨日の動物部会で地域猫の方々が要望されていた話を思い出します。動物の健康を守ることを勉強してきたのに、動物を守ることに資格を生かせない(そういう職域が乏しい)ことも遠因になっているのではないかと、感じてしまいます。

そのほか、直接動物福祉に関係するかどうかはわかりませんが、興味のある向きもあると思うので、この2回で出た話を以下、ざっとご紹介します。

第9回

◆小動物獣医師数の需給バランスの展望

アニコム損保からのヒアリングでした。結論から言うと、小動物医療の補助者(看護師など)との分業化が進めば、需要獣医師数は減少するというのが、アニコムの見方です。一方、動物の高齢化に伴う医療需要は増加しており、アジアなどへの海外進出も積極的に行えば、需要は増加するという展望についても話をしていました。

海外進出の例として、シンガポールは自国で獣医療教育を行わず、海外から獣医師の需要を得ているといった話が出ていましたが、この話は結局、「日本では獣医学教育のレベルアップが必要」という話にループしていくのではないかと思わざるを得ません。あくまで「夢」ではないかというのが感想です。

◆産業動物診療獣医師をめぐる環境について

牛は乳牛と肉牛と合わせて8万戸。1戸当り頭数は規模の拡大が進み、大規模なものがふえているが、頭数はフラットになっていく見通し。肉牛は、子取り用が少なくなっている。肥育も大規模なものがふえている。東京オリンピックあたりから、戸数はがくがくと減っている。思った以上に減り方ははげしく、大規模化がすすんでいる。

豚も集約化、大規模化している。平成2年から見て、1戸当り頭数は、現在は6倍。頭数をふやしやすい。

鶏も、採卵鶏・ブロイラー両方合わせても、3千戸。この3千戸は、すべて把握できている状況。(そういえば、こんな調査があったな、と思いました。全戸調査もやればできます。)

獣医関係大学卒業者の就職状況は、農業協同組合は、畜産だけではなく大規模化が進んでおり、減少している。農業共済組合では取り組みが進んでおり、就職は(一時期減るものの)ふえている。個人診療への就職は減少している。

学生の意識調査を見ると、産業動物の診療に対する関心は、入学当時は少ないが、大動物の学内実習と農家での実習でふえる。進路が決まる前に体験させることが重要。関連情報の提供なども必要。産業動物就業研修では、7割が産業動物に行っており、効果はあったと考える。

戸数が減り、1戸当り頭数が増加すると、求められるものが多岐にわたるようになってくる。例えば、野生動物と共通の感染症の知識など。また総合的な指導が必要で、診療も大事だが、コンサルタント的な獣医師も必要になってくる。大学と連携できるといいという声もあり、質が求められる。

◆獣医学教育の定員問題に関する意見

前期のこの会議の座長であり、現在は倉敷芸術科学大学の学長である唐木英明氏からのヒアリングです。獣医学部・学科の収容定員は、昭和59年度当時の930名に抑制されていますが、その「定員問題」についてでした。

※出された話

  • そもそもこの定員抑制は、少量であることで価値をつけようとした過去の経緯によって続いてきたが、規制緩和の時代に入った。
  • 実際には入学者は1100名程度おり、超過が長年許容されてきた。施設・設備は定員分しか準備されないのだから、水増し教育は問題。
  • 定員超過を制限すれば、供給数は減り、需給バランスを崩す。定員増とするべき。
  • 獣医学系は、教員に対し入学者数が少ない。教育効率の面からも問題。
  • 食の安全面や、ライフイノベーションを支える研究獣医師が不足している。獣医師が占めるべき場所が他分野の卒業生で占められている。
  • ただし、無制限の増員は望ましくない。薬学の二の舞はだめ。
  • 英独仏の人口当たり獣医師数を参考に、1.3倍の1430人を新たな入学定員の上限とし、それを超過10%の状態と考えたときの1375名を新たな入学定員としてはどうか。
  • 増員は、ライフサイエンス研究者養成を重視する大学、公衆衛生教育と大動物臨床教育を重視する大学に配分する。既設校の定員増は350名、100名以上は新設校。
  • 地域偏在改善をといた農学部系学部長会議の方針は尊重すべき。

……と、だいたいこのような話が歴史的経緯も交えてされました。質疑応答では、規制緩和の流れの中で定員が撤廃されては困るので、その前に自分たちで「これくらい」というものを示すべきという話もしていました。

※ディスカッションで出ていた話

  • 獣医系の超過率は1.2、医・歯は1.1程度。質の保証のためには数の整理は必要だが、教員が確保できるかにもよる。質の保証が必要。
  • 需要バランスをもう少し厳密に調査する必要あるのでは。未来要素は不確定であり、むやみな夢を持っても仕方がない。
  • 医師は、一人ふえると過剰診療で国の支出がふえると言われている。
  • 教育の質の低下の抑制のためには数の抑制は必要だ、となる。
  • (獣医師会)「教育の改善が伴うなら、ふやしてもいいのではないか」となってきているが、現在は需給バランスが崩れているのであって、教育の質についても外部評価をきちんとやって、クリアにした時点でやるべき。質を担保したところに適正に定員を配置するのでないと、限度がなくなるし、質の低下をまねく。
  • ライセンス教育を市場原理にまかせてよいか。出口管理が必要。需要数の考え方で確定的なものはない。国際比較では、日本の獣医師は職域が特殊で公務員が多いが、足りていないわけではない。
  • 創薬探索分野などで獣医師が進出するのりしろは十分あるが進む人は少ない。毒性学教育をやっている大学が4つしかない。iPSによる再生医療は、犬猫を使って先行研究できないだろうか。これから事業の申請が出てくる可能性がある。
  • 獣医師の業務内容は、4年制のころと違いがないのでは? 現在の獣医師の4分の1は、旧4年制の教育をうけた世代である。受入れ側はどう変わったか。
  • 1100名で国内需要は足りているのでは? 定員超過はやめるべきだが、教育の質はトータルでつめる必要がある。
  • きちんとした教育をするところにインセンティブを与えるために、評価の基準をつくるべき。今のコアカリキュラムすらクリアできないのに。
  • 共同教育も始まったばかり。動かしている状況で、定員増はむずかしい。
  • 獣医事に関係していない資格保持者が4000~5000人いる。待遇やポストの問題もある。毎年2割が獣医師の職域に行かない現状がある。
  • 教員増などの取り組みをした大阪府立大学では定員増を望んでいる。そういうところの足を引っ張ってはいけない。
  • 獣医師の年齢構成は、50~60代で50%。この世代が抜けていくときに補充できるか。
  • 看護師の統一認定試験が行なわれる。獣医師1人に3人くらいつく体制に変われば対応できる。
  • (座長)唐木さんの示した数は難しい。参加型臨床実習がクリアできないだろう。
  • (獣医師会)再編統合しかない。今の教育でふやすことは考えられない。
  • 地域偏在というが、国立をターゲットに絞るべき。私学は、建学の精神がある。
  • (唐木)新しい大学は、地域の偏りをなくす形で、ライフサイエンスに特化した大学をつくるべき。
  • 地方出身者は、ほとんど出身県には帰らない。就職は、どこの地域の大学を出ようが関係ない。
  • 獣医大がない地域は、確かに活発さには違いが出てくる。(学会などで)

第10回

◆四国地域における獣医師養成系大学(学部)新設について(ヒアリング)

四国に獣医学部・学科のある大学がないということで、誘致を希望する愛媛県や今治市からのヒアリングでした が、質疑応答ではコテンパンと言えるほど批判的なコメントが出ていました。これまで11回、特区提案をしてき たが、農水省には「事実誤認」として拒否されてきたようです。

行政側としては、四国に獣医療の拠点がない、行政獣医師が足りない、ライフイノベーションの拠点としたい等を理由にあげていましたが、地方の獣医系学部・学科を出た学生が地元に就職する傾向はないこと、四国の自治体の獣医師採用枠(計画)で人数が決して多くないことなどから、根拠不足と考える委員が多いようでした。

私立大学の誘致を考えているようですが、確かに、まだまったく具体的でない印象は受けました。

◆わが国おける獣医師の需給見通し等について(資料)

私立獣医科大学協会の意見が資料として配布されました。獣医師の需給見通しについては議論のあるところのようですが、ここでは、日本の獣医師数は、むしろ供給過剰になる可能性があるというのが結論となっています。

1.対飼育動物数で見た獣医師の数は、日本は諸外国に比べて、
・小動物は欧州並み
・産業動物は過剰ぎみ

2.動物看護師などとの分業化が進むことが予測されるため、数の増加を求められることにはならない。
アニコムのヒアリングでは、諸外国に活路を見出さない限り、獣医師の需要は減少するとあるが、免許の相互承認などの条件が整備されれば、逆に日本への流入も起こりうることを考慮すべき。

3.公務員獣医師の確保のために待遇改善が求められているが、大幅な待遇改善を行うことになれば、現在の獣医職の業務の相当部分が、獣医職以外へ移行することになるのではないか。(例えば、と畜検査などは、臨床検査技師などに置き換え可能)

4.産業動物臨床分野では新卒獣医師不足はほぼ解消されている。

5.獣医師養成数の抑制方針については、現状は、獣医師の適正配置ができていないのであって、獣医師数が不足しているわけではないと考える。定員超過率については議論の対象となると考えられる。
 「獣医系学部・学科の地域偏在」という認識は間違っており、入学者の出身地が都市圏に偏っているというのが正しい。その地域につくれば、その地域の入学者がふえるというわけではないだろう。

6.わが国の獣医師の需要は、今後徐々に減少する可能性の方が高い。したがって、供給数をふやすべきではなく、教育の質の改善・充実につとめ、現在の職域をできる限り維持する必要がある。

となっていました。獣医関係学部・学科の定員抑制についての経緯に関する資料も配布されていました。

この定員に関する議論でも、きちんと教育をする準備のあるところには定員増もいいが、「学生増=動物の犠牲がふえる」では困るので、動物福祉を置き去りにした議論は止めてほしいと感じざるを得ません。

また、第10回では、「これまでの論点整理」についての意見交換がなされました。

(S.A.)

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