ウサギの溺死実験など…日本法医学会は96年より指針改正なし

実験用ラット 過密

法医学は、犯罪捜査や司法などの場で必要となる医学的知見について研究する学問ですから、動物実験も事件・事故を模したウサギの溺死実験や、ラットの絞殺実験創傷実験炭酸ガス中毒実験など、侵襲度・苦痛度の高いものが行われています。

しかし、特定非営利活動法人日本法医学会のサイトに掲載されていた投稿規定には、「実験動物を用いた研究は,各所属機関のガイドラインあるいは『日本法医学会動物実験に関する指針』に従って行われたものであること」との記載があるにもかかわらず、「日本法医学会動物実験に関する指針」からのリンクが切れており、内容が不明となっていたため、質問をしました。

また、科学捜査研究所や監察医務院など、動物実験委員会が存在しない組織の所属となっている研究者が研究発表を行っていることがあるため、動物実験委員会を持たない機関で実施された動物実験についての扱いについても聞きました。

■問い合わせ内容

貴学会には「日本法医学会動物実験に関する指針」が存在するようですが、本文を公開していただくことはできないでしょうか。
非公開なのであれば、理由はどういったものでしょうか。具体的な関心事項としては、
・いつ策定されたもので、最終改正はいつか。
・動物実験委員会を持たない機関で実施された動物実験についての扱い
について知りたいと思っております。

これに対して、学会からは以下の回答が来ました。

■日本法医学会庶務委員長からの回答

お問い合わせの件について,本学会では1996年に「動物実験に関する指針」を策定・公表したのですが,改正の必要があると指摘されていて,常置委員会で検討することとなっており,現在は一般には公開しておりません。これまで改正がなされなかった背景の一つとして,機関誌(学術雑誌)が英文化されたということもあります。いずれにしても改正され次第,公表されることになります。また本学会では,機関に審査委員会がない場合,学会内の倫理委員会が審査を行ういうことが制度上はあるのですが,動物実験については審査申請されたことがないとのことです。

つまり、公開されていない理由は、動物実験指針が長らく改正されないままだったことが理由でした。

この20年間で動物実験の世界ではいろいろと変化がありましたが、それらが反映されていないということになります。改正しなければいけないとの認識があったのにそれがなされていないのは、やはり動物の苦痛が軽んじられているからではないでしょうか。

そして、その状況にもかかわらず、侵襲度・苦痛度の高い実験がたびたび掲載されているのは、学会としてあまりに無責任ではないかとも感じます。現実問題、各機関の動物実験倫理委員会にも能力的なバラつきがあり、学会独自に高い倫理水準を保てるよう、早急に指針を改正する必要があると思います。

動物ではない方法への代替を第一とするのはもちろんですが、苦痛の除去やエンドポイントについて、ぜひ具体的に定めてほしいと返信をしました。

最近の英文誌にどのような実験が掲載されているか、具体的に知ってもらいたく、いくつかの論文の概要をご紹介します。(協力:N.M.さん)

<同学会誌「Legal Medicine」には、どのような動物実験が載っているか>

ウサギの溺死実験(2016年3月号・札幌医科大学)

(要旨)
ウサギを使った溺死試験において、海水と真水の違いはCT画像では区別できなかった。

  • 本実験は実験動物委員会の承認を受け、2013年11月~2015年3月に行われた。
  • 海水溺死実験、真水溺死実験、海水溺死の後、蘇生を模す実験に、それぞれ5匹ずつのウサギを使用した。
  • ウサギは、実験前にキシラジンとケタミンで沈静した上で、CT画像を撮影した。
  • ウサギの頭を、海水か真水に10分間沈めて、溺死させた。蘇生を模す実験の場合は、ウサギを水から取り出した後に、1分間、前胸を押すマッサージを行った。
  • 心臓の動き、息、瞳孔の開きから、死亡時刻を推定した。
  • 実験前のCT撮影の後、すべてのウサギは溺死させられた。
  • 遺体はシールした袋に入れられ、CT撮影の間は、この状態で保管された。

※CT撮影については麻酔を行った記述があるが、溺死については記述はなく、麻酔を伴わずに(覚醒後に)行ったものと考えられる。

ラットの絞殺実験(2015年7月号・中山大学(中国広東省))

(要旨)
ラットの首を絞める実験において、脳の各部のグルコース消費量に大きな変化があることをPETを用いて明らかにした。このデータは法医学にとって有用としている。

  • 13匹のラットが用いられた。実験の15時間前から水以外は絶食させた。
  • ラットは中山大学の実験動物センターから入手し、実験動物福祉のガイドラインに従った取り扱いを行った。(注:倫理委員会の承認と書かれていないことに注意)
  • 内、6匹は、抱水クロラール※を腹腔に注射し麻酔させた。
  • 綿糸の首輪をかけ、後ろに棒を入れて捩じることで、ラットの首をしめ、絞める圧力を維持するためテープで止めた。
  • この状態を、PETスキャンが終わるまでの20分間継続させた。

※抱水クロラールは、他の麻酔薬で代替不可能な場合に限り使用するのが一般的とのこと。心循環や圧反射への影響が少なく薬理試験などに用いられるが、安全域が狭く鎮痛作用も弱いため、外科手術を伴う実験では単剤では用いない。通常、動物実験委員会でその妥当性が判断されることになるとのことで、本実験では妥当と判断されそうではあるが、この論文には委員会の承認を得たとの記述はない

ラットの創傷実験(2015年7月号・帝京大学)

(要旨)
切り傷が治る過程の評価は、法医学にとって有用であるとしている(しかし、これはラットでの反応なのでヒトでは異なるかもしれないとも書かれている)。治癒に必要な血管形成やリンパ管形成に関わる因子をラットをモデルに研究。

  • ラットはSLC(静岡)から購入。実験は倫理委員会の承認を得た。
  • ラットは腹腔内にペントバルビタールを打つことで麻酔し、背部の皮膚を5cmにわたりメスとハサミで深く切開した。
  • 1日または3日後に、その部分と、健全な部分の組織を採取した。(注:安楽殺後に行ったものかどうかの記述がない)

※外科処置時の麻酔薬の選定にも注意が必要。麻酔によって苦しむ場合がある。以下、東北大学「動物実験において忌避すべき麻酔薬」の記述を参照。

ペントバルビタールの不使用について
この薬剤は睡眠作用が強力ですが、心臓血管系及び呼吸器系の抑制作用が強く、麻酔期が得られる用量では呼吸中枢の抑制が著しく強く、呼吸停止量に近い(LD50は50mg/kg前後であり、従来単独麻酔薬として使用している量に近い)、さらに鎮痛作用や筋弛緩作用はありません。従って本学動物実験専門委員会では、ペントバルビタールナトリウムを単独で全身麻酔薬として使用することは特別な理由がない限り認められません。ただし、安楽死用薬剤としては、極めて有用です。

※実験を行う側の都合で、切開時だけ動物が動かないように麻酔をかけるが、その後の3日間における待機期間時には、鎮痛の記述は見当たらない。特にげっ歯類等の動物実験では、苦痛の排除は手術時だけである。麻酔が切れた後、長い待機期間のあいだも動物に苦痛はあると思われるが、鎮痛などの処置が施されることはあまりないと考えられる。

※参照:動物の傷の治り方は人間と異なることがわかっています。

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ラットを用いた炭酸ガス中毒の実験(2016年3月・九州大学)

(要旨)
炭酸ガスによる中毒死は検死ではわからない。しかし、前頭皮質と視床下部のDNA解析を行うことで、死因として特定できる可能性がある。

  • 九州大学の動物実験委員会は、本実験を認めた。
  • 8匹の雄ラットを使った実験では、麻酔鎮痛薬を腹腔内注射で処方された。
  • 麻酔確認後に固定され、40%濃度の炭酸ガスを15分間、鼻経由で吸わされた。頸椎脱臼で殺処分。
  • 40匹を濃度の違う炭酸ガス実験に用いた実験では、10匹を比較用に用いた。実験後は殺処分。
  • 実験中の観察は、3.2のセクションに書いてあるように、15分間にわたって行われ、濃い濃度では実験中に4匹が死亡している。

※後者の実験は麻酔せずに行ったと解釈される。

以下は少し古いですが、同じような実験を写真で見ることができます。

ラットの心筋梗塞モデルの実験(2002年3月)

(要旨)
心筋虚血での急死に関して、検死(免疫組織化学染色)では、ミオグロビンが少なくなると診断しているが、今回、フィブリノーゲンが増加することが、診断基準にならないかをラットのモデル実験で検討した。結果としては、他から流れてくる血によるコンタミに注意すれば診断可能と結論した。

  • ラットを6匹づつ、6組に分け、5組のラットの心臓の左前下行動脈を結紮し血流を止めた。
  • 5組のラットは、それぞれ、15分、30分、1時間、2時間、3時間後に、頸椎脱臼の後、心臓を取り出した。
  • 比較のための1組のラットは結紮はしなかったが、心臓は開く実験を行った。

※手法は、Selye et al methodと表記されており、このサイト(写真あり)に記載される方法に近いと推定される。

<出典>
ウサギの溺死実験:
Experimental drowning lung images on postmortem CT – Difference between sea water and fresh water
Hideki Hyodoh, Ryuji Terashima1, Masumi Rokukawa, Junya Shimizu, Shunichiro Okazaki, Keisuke Mizuo, Satoshi Watanabe
Dept. Legal Medicine, Sapporo Medical University, School of Medicine, Japan
1Japan Coast Guard, Otaru Coast Guard Office.
DOI: http://dx.doi.org/10.1016/j.legalmed.2016.01.006
March 2016 Volume 19, Pages 11–15

ラットの絞殺実験:
Fatal mechanical asphyxia induces changes in energy utilization in the rat brain: An 18F-FDG–PET study
Suhua Ma, Shengzhong You, Li Hao, Dongchuan Zhang, Li Quan
Department of Forensic Pathology, Zhongshan School of Medicine, Sun Yat-Sen University
Department of Legal Medicine, Osaka City University Medical School
DOI: http://dx.doi.org/10.1016/j.legalmed.2015.02.002
July 2015 Volume 17, Issue 4, Pages 239–244

ラットの創傷実験
The mRNA expressions and immunohistochemistry of factors involved in angiogenesis and lymphangiogenesis in the early stage of rat skin incision wounds
Hiroshi Kameyama, Orie Udagawa, Tomoaki Hoshi, Yoko Toukairin, Tomomi Arai, Makoto Nogami
Department of Legal Medicine, Teikyo University School of Medicine
DOI: http://dx.doi.org/10.1016/j.legalmed.2015.02.007
July 2015 Volume 17, Issue 4, Pages 255–260

ラットを用いた炭酸ガス殺の実験:
Expression of mRNA in the frontal cortex and hypothalamus in a rat model of acute carbon dioxide poisoning
Kazuo Sato, Akiko Tsuji, Yosuke Usumoto, Keiko Kudo, Takeshi Yokoyama, Noriaki Ikeda
Department of Forensic Pathology and Sciences, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University
DOI: http://dx.doi.org/10.1016/j.legalmed.2015.07.014
March 2016 Volume 19, Pages 101–106

ラットの心筋梗塞モデルの実験:
The contrast of immunohistochemical studies of myocardial fibrinogen and myoglobin in early myocardial ischemia in rats
Zhao Xiaohong, Chen Xiaorui, Hu Jun, Qin Qisheng
Department of Forensic Medicine, Tongji Medical College of Huazhong University of Science and Technology, Wuhan 430030, People’s Republic of China
DOI: http://dx.doi.org/10.1016/S1344-6223(01)00054-2
March 2002 Volume 4, Issue 1, Pages 47–51

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