獣医学教育モデル・コア・カリキュラム準拠「獣医倫理・動物福祉学」の改訂を要望しました。アニマルライツは輪廻の考えに近い?!

日本の大学の獣医学教育は、現在、個々の大学の特色を残しつつも、共通の到達目標として「獣医学教育モデル・コア・カリキュラム」が採用されています。

このコア・カリキュラム(コアカリと略されることも)に準拠した教科書が教科ごとに編纂されており、そのの一つに『獣医倫理・動物福祉学』があります。緑書房から2013年に刊行され、今年4刷となりましたが、まだ改訂は行われていません。

この教科書の誤りが以前から気になっていたので、改訂の要望をするために改めて見てみたところ、なんと動物実験/実験動物保護法制の比較については公正なものを載せていました。次期動物愛護法改正の議論も始まっているので、ご紹介したいと思います。

日米欧の動物実験/実験動物保護法制の比較は正確だった

驚いたのですが、この教科書では、日本の動物実験/実験動物の保護法制について、従来、文部科学省や環境省が示してきたインチキ比較表(海外については動物保護・福祉に関する法律のみを示し、日本についてはガイドライン類や特定動物の規制など関係ないものまで盛り込み〇をつける歪曲された表)ではなく、法律の有無でそろえて比較した表が載っていました。

獣医師会などの関係団体も実験動物を保護する法制度の導入に反対してきたので、てっきり日本の獣医師は歪曲表のほうを広めることに熱心なのかと思っていましたが、さすがに教科書ではまっとうな比較で教えていました。また、驚いたことに、日本に具体的な法律がないことも明記していました。

動物実験規制 日米欧法制度比較 表

アニマルライツは輪廻や仏教に近い考え方?!

しかしその一方、動物保護法制や動物の権利(アニマルライツ)に関わる記述には誤りが散見されます。

特に衝撃なのは、動物の権利という考え方について「概念的には輪廻やすべての存在に仏性を見る仏教の教えに近い」などと書いていることです。獣医師になるための教育として、このような偏見に基づいた不正確な記述がされていることは驚愕でしかありません。

たしかに、仏教の不殺生戒は有情(心・感情をもつ人や動物)を殺すことに対する戒めなので、対象としては英語のsentient beings(外界を知覚し意識・感情を持つ存在)を連想させます。動物の苦痛に目を向け、人間による一方的な搾取・暴虐を否定する動物の権利思想と近そうに感じることは否定できないのかもしれません。

しかし、この教科書は「この概念を動物や植物の生命にそのまま外挿することには無理がある」などと、勝手に植物にまで話を広げて否定して見せる藁人形論法をとっており、筆者にほとんど動物倫理についての知識がない状態で書かれたことは間違いありません。

どうして動物取扱業を無視するのだろう?

また、誤りではないですが、この教科書では動物取扱業の規制の存在がどうも無視されているように感じてなりません。特に、展示動物と獣医倫理について教える章で徹底的に無視されていることは、裏の意図を勘ぐってしまいます。

そもそも、関与する動物の頭数で考えれば、まるまる一章が割かれている補助犬や動物介在療法より、動物取扱業のほうが格段に規模が大きい世界です。そのうえ、ブリーダー等への医薬品や医療器具の横流しで獣医師の不法行為が摘発されることもあり、動物取扱責任者についても、獣医師の名義貸しと思われる行為が発覚することがあります。

そして何より、悪徳業者とつるんで子犬工場(パピーミル)等を温存させるような仕事をすることは獣医倫理に反しないのか。明らかに基準に違反している劣悪飼育業者に有効な指導をしないことや、動物虐待の恐れのある状態に目をつぶることは獣医師として、どうなのか。学生時代から考えさせるべきではないでしょうか。

全国大学獣医学関係代表者協議会獣医学共通テキスト編集委員会に改訂を要望しました

そのほかにも、ざっと見ただけでも以下のような誤りがあるため、全国大学獣医学関係代表者協議会の獣医学共通テキスト編集委員会に改訂の要望をしました。

その結果、下記の回答をいただきました。一刻もはやく改訂版が使われるようになることを願っています。

ご指摘頂いた内容に関しましては、編集の先生方とも協議し、全獣協にて動物福祉や動物倫理についてのWGを作り、コアカリテキストの改訂に取り組みます。ご指摘を頂きありがとうございます。

要望した内容

全国大学獣医学関係代表者協議会 獣医学共通テキスト編集委員会 御中

動物保護団体のPEACEと申します。
獣医学教育モデル・コア・カリキュラム準拠「獣医倫理・動物福祉学」(緑書房 2013年刊行)について、刊行から10年が経ち、改訂が必要なのではないかと思い、ご連絡させていただきました。

国内外で法改正や新しい立法があったことや動物福祉にかかわる情勢などを反映していただきたいということもありますが、内容に誤りが散見され、このままの内容で獣医学教育が行われていることを憂慮しております。

全てのページを精査したわけではなく、こうしたご連絡を差し上げるのは恐縮なのですが、ざっと拝読しただけでも誤りが目に付き、また実際に獣医学生から疑問の声も聞いております。
早急に改訂を検討してくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

以下、誤り及び疑問点について送らせていただきます。

■記述に誤りがある箇所
1)
13ページ「2 動物の社会的ステータス」:
平成11年の法改正の際に「動物の殺傷害・遺棄、虐待などは罰則の対象となった」との記述がありますが、動物の虐待、遺棄については、昭和48年制定の旧「動物の保護及び管理に関する法律」で既に罰則が定められています。
平成11年に罰則が定められたとの記述は誤りです。
(35ページに当時の罰金について記述があり、13ページの記述と矛盾しています)

2)
16ページ「4 飼育動物の生活環境の快適性」:
4つの飼養保管基準が挙げられていますが、「総理府告示」と書かれています。
動物愛護管理法は2001年の中央省庁再編に伴い環境省に移管されており、現在は環境省告示となっています。
「家庭動物等の飼養及び保管に関する基準」は、総理府告示であった頃は「犬及びねこの飼養及び保管に関する基準」という名称でした。また、「実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準」も総理府告示であった頃は名称は「実験動物の飼養及び保管に関する基準」でした。
列挙されている基準の名称は改正後のものなので、環境省告示とするべきかと思います。
(若干文章にも手直しが必要かもしれません)

3)
30ページ「2-1 イギリスの動物福祉法」:
イギリスの動物福祉法は1911年の動物保護法が2006年に改正されたものだと書かれていますが、「2006年動物福祉法」は1本の法律を改正して成立したものではありません。
イギリスでは動物福祉に関わる法律が多数制定され、法令が煩雑化しており、20本以上の法律から条文を集めて制定したのが「2006年動物福祉法」です。
(2006年動物福祉法の制定に伴い、少なくとも9本の法律が廃止され、多くの法律から条文が削除されました)

また、イギリスには「2006年動物福祉法」に統合されなかった多数の個別法が他に存在します。
The Performing Animals (Regulation) Act
The Pet Animals Act 1951 (as amended in 1983)
Animal Boarding Establishments Act 1963
Riding Establishments Act 1964 and 1970
Breeding and Sale of Dogs (Welfare) Act 1999, Breeding of Dogs Act 1991 and Breeding of Dogs Act 1973
Animals (Scientific Procedures) Act 1986
Zoo licensing act 1981 などです。
2006年動物福祉法だけではなく、これらの法律に触れなければ、イギリスの動物福祉に関わる法体系の全体像は教えられないと思います。

4)
65ページ「1 動物愛護」:
動物愛護をanimal protectionとしている点など、強い違和感を覚えます。
20ページで「動物愛護に対する適切な英訳はない」としていることと矛盾しており、セクション全体を見直していただきたいです。
(Animal protectionは「動物保護」であり、動物愛護に適切な英訳はないという記述のほうが正しいと考えます。)

5)
66ページ「2 動物の権利」のセクションの最後の2行:
「概念的には輪廻やすべての存在に仏性を見る仏教の教えに近いが」というのが完全に誤りです。動物の権利は、輪廻など主張していませんし、動物に仏性など見ていません。動物の権利の概念についての議論に全く接したことがない者が執筆していることが明らかであり、このような誤りが獣医学教育で教えられていることに衝撃を受けました。

また、このセクションでは人権について述べた後に、「この概念を動物や植物の生命にそのまま外挿することには無理がある」とも書いていますが、ここでも、動物の権利の概念について誤った観念を提示して、それを根拠に否定してみせるという藁人形論法がとられています。
動物の権利は、人権をそのまま動物に当てはめるものではありません。

このセクションについては、概念を理解している方に執筆しなおしていただきたいです。

ちなみに、仏教の不殺生戒は有情(心・感情をもつ人や動物)を殺すことに対しての戒めであり、植物に敷衍されるものではありません。仏教についても誤解があるように思います。

5)
66ページ「3 動物安寧(アニマル・ウェルビーイング)」:
ここでも「動物の権利(動物権)は人(人権)と同等な権利を動物に与えようとするものである」と書かれていますが、これも上記と同じ藁人形論法が使われており、誤りです。
動物の権利は、動物がその動物らしく生きる権利、人間に収奪されない権利を求めているだけであり、完全に人権と同等の権利を求める思想ではありません。

この点については、20ページにも類似の記述があります。

6)
128ページ 上から5行目:
「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)は国際希少野生動植物種の国内流通を規制していますが、対象種の輸出入を直接規制する法律ではありません。
(輸出入についてはワシントン条約に基づいて外為法で規制されています)

■内容的に不足を感じる点
動物の展示および販売等について、第一種動物取扱業の規制がかかっていることが徹底的に無視されていることを疑問に思います。
特に展示動物について、飼養保管基準については繰り返し言及されていますが、それよりも強い遵守義務のある「第一種動物取扱業者及び第二種動物取扱業者が取り扱う動物の管理の方法等の基準を定める省令」(本書刊行当時は名称等が違いました)について言及しないのはなぜなのでしょうか。業の取消しや営業停止にも関係する基準です。動物愛護法の規定に基づき業登録が取消され、実際に動物展示業が行えなくなった者もいるにもかかわらず、どうして動物愛護法の業規制を無視するのかが疑問です。

その他、2019年の動物愛護法改正で獣医師に虐待の通報義務が課されたことや、アメリカで動物虐待について連邦法が成立していること等、新しい動向についてもぜひ盛り込んでいただければ幸いです。

長くなりましたが、ご検討のほどよろしくお願い申し上げます。

(※読みづらいので、メールでの改行は削除して掲載しました。)

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