2つの動物展示施設が、「日本動物園水族館協会加盟園では初」としてスナネコ(Felis margarita)の展示を開始した。那須どうぶつ王国と神戸どうぶつ王国だ。既に繁殖もしているのが驚きだが、「かわいい、かわいい」と報道されている。
しかし、このスナネコの輸入にも「闇」があることをご存知だろうか。
捕獲された野生のスナネコが輸入され始めている
スナネコはネコ科で最小の種であり、日本では近年アニメ「けものフレンズ」で知られるようになった。CITES(ワシントン条約)付属書II掲載種であり、絶滅のおそれの高まる希少種だが、なんと野生捕獲個体が日本にも商業輸入され始めているのだ。
さらに、驚いたことに、昨年スーダンからスナネコを輸入しようとした2事例で、不正な(真正でない)衛生証明書が使用され、1件では、スナネコが殺処分されていた。正確な数はわからないが、最大で10匹、殺処分された可能性がある。昨年から厚生労働省等へ問い合わせていたが、「公表できない」とのことで時間がかかってしまった。しかし、最終的に税関への情報公開請求により、確認できた。
偽造の衛生証明書が使われていた!
発端は、昨年、厚生労働省の成田空港検疫所が「スーダンからの動物の輸入について」という文書を公開したことだ(図参照)。その前から、殺処分があったという情報は耳にしていたのだが、このような文書が出ていることを知って驚いた。
スナネコは、このチラシのイラストにもあるように、腕や尾の先に特徴的な黒い縞模様を持つ。
つまり、この絵は明らかにスナネコだというのに、この文書の発出がスナネコの不正な輸入(未遂)に端を発していることを、当初検疫所は認めようとしなかった。なので、やむなく情報公開請求を行ったところ、この文書に書かれている真正でない衛生証明書が使用されたケースは、2件あることを確認できた。
衛生証明書は感染症法によって求められている書類だが、スナネコはCITES付属書掲載種でもあるため、輸入にあたってはCITES上の規制も受ける。
実はCITESの申請については、昨年5月インナー・シティ・ズー ノアがスナネコの飼育を開始した時点で、いぶかしく思い、経済産業省へ情報公開請求を行っていた。偶然だが、手元にある開示資料の中に、感染症法に基づく輸入届出制のほうで引っ掛かり、正規輸入できなかった事例の書類が混じっていたわけだ。
その後、経産省へ追加の開示請求も行い、2019年のスナネコの輸入について、一覧にした。詳しくはPDFを参照してほしい。(8月16日修正版アップ)
順を追って説明していくと、2018年に経済産業省にCITES上の申請が出されていた2件は、輸入の実績がないまま、有効期限が切れている。スナネコの輸入が簡単ではないことを匂わせる。
ちなみに、ここで言う「輸入の実績」とは、厚生労働省の年報に掲載されている、感染症法に基づく輸入届出制の統計に記載されている実績を指している。陸生哺乳類・鳥類は、動物種別に、輸入された数が統計として公表されているのだ。(但し、家畜伝染病予防法や狂犬病予防法の対象種は除く)
偽造の衛生証明書、最初の1件ではスナネコは全頭死亡と思われる
制度の説明も交えつつなので長くなって申し訳ないが、実際にスナネコが日本にやってきたのは、2019年の2月。
このとき輸入した業者は、日本初の輸入だということをサイトに書いているが、これは事実とは異なる。
CITES批准発効後、日本に輸入されたのは1度きりだが、2001年に、レバノンから商業利用目的で40匹、正規輸入された記録がある。かなりの数だが、繁殖個体とされている。この40匹のスナネコが、その後、日本でふえて広まったという事実もなく、本当に繁殖個体だったのか疑わしいと感じてしまうが、過去に輸入があったことは事実だ。このときの40匹は、少なくとも日本動物園水族館協会加盟の園館で展示されることもなく、行方もまったくわからないが、すぐに死亡したか、マニアにペットとして販売されて死んでいったのではないだろうか。(何か知っている人がいたら教えてほしい)
話は戻って、2019年2月に日本に連れて来られたスナネコだが、このとき使用されたスーダン政府発行とされる衛生証明書は偽物だった。
厚生労働省は、輸入届出制始まって以来初めてのケースや、真偽が疑わしいケースなどについては、大使館を通じて輸出国に確認を行っており、その結果、このときの衛生証明書は真正でないものだと判明した。
そしてこのときは、受理できるかどうかわからず留め置かれている間に、スナネコは全て死亡したようだ。書類の受理欄が墨塗りとなっていて、成田空港検疫所等も詳細は教えられないとしているため、確認がとれたわけではないが、動物の死亡により輸入届出制の対象外となったとしか考えられない状況だ。(死体も対象になるのは、げっ歯目だけ)
不正な衛生証明書を使用した場合、輸入手続きは不受理となるが、実際に不受理となった次のケース(下記参照)では受理欄の「不受理」の記載が公表されている。なので、同じ扱いとなっていない2019年2月のケースは、不受理とはならず、受理する対象がいなくなった=死亡したと考えるのが自然だ。
成田空港検疫所が先ほどの文書で「事前に管轄の検疫所にご相談ください」と書いているが、確認に時間がかかる場合があるのだから、いきなり動物を送りつけるのではなく、事前に確認するようにしてくださいという意味だ。
「どうせ役所は書類の真偽など確認しないだろう」と踏んで、危ない橋を渡る業者もいるそうだが、真面目に輸入をするつもりがあるのなら、丁寧に手続きを行ってほしいものだ。
数は、CITESの許可数から考えて最大で20匹だが、実際に輸入された数は墨塗りになっている。
2つめの偽造衛生証明書のケースでは、スナネコが殺処分された
そして、実際に不受理となったのが、次の2019年3月のケースだ。このケースでは、結果的にスナネコは殺処分された。証拠の書類だ。(記載がLIVE CATSとなっているが、スナネコを指定して情報公開請求しているので、スナネコで間違いない。ちなみに、猫(イエネコ)の輸入は感染症法の対象ではない。)
数量は1となっているが、これは1個口のことで、頭数はわからない。CITESの許可数から最大で10匹と考えられる。
日本側の法律によって輸入を受理できない場合、輸出国への返送ももちろん選択できるのだが、このケースでは輸出国へ戻すことはできなかったようだ。理由は検疫所も把握していないが、「衛生証明書が偽物だったから」などという理由で差し戻されても、シッパーは困るだけだろうとは推測する。輸出国政府に公文書の偽造がバレるだろう。
返送のほかにもう一つ、用途外転用と言って、はく製にするなど、殺処分してからの利用に目的変更することもできるそうだが、空港内での作業は難しいと考えられ、ハードルが高く現実的ではないとのことだった。
ちなみに、正規の書類がどのようなものか公開してしまうと、密輸業者が模造する恐れがあるため、衛生証明書については全面墨塗りで不開示となった。
感染症法に基づく動物の輸入届出制は、野生動物が持ち込む動物由来の感染症を防ぐ目的で行われている規制なので、人の健康や安全が最優先だ。輸出国に返送できないのなら、殺処分は逃れようがない。
そして、検疫所が水際で密輸を防ぐべく頑張っていることは評価されるべきだ。
非難されるべきは、偽造の衛生証明書で売ろうとした者であり、輸入しようとした業者であり、また、その背後にいる「可愛ければ希少種でも不法でも何でもいい、飼いたい・買いたい」とお金を出す、自称「動物好き」の人々だ。
ただ、検疫所は、不正な輸入は殺処分に実際につながっているということを、警告としてもっと情報発信してもよいのではないかとは思う。殺処分されたという情報は税関から得ることができたが、検疫所は認めてはいない。処分には専門の技術を持った者があたり、技術を持つ者とは獣医師だというところまでは認めているので、ほぼ殺処分されたことを認めているのと同じなのだが。
ちなみに、これら2件については、日本側の輸入業者が偽造を行ったわけではなく、あくまでスーダン側で行われた不正行為なので、日本で立件という話にはなっていない。
スーダン大使館にも聞いてみたが回答はない
スナネコの生息地はサハラ砂漠の一部や、アラビア半島、イランからウズベキスタンにかけて及びパキスタンなどであり、飛び飛びに点在する形だ。生息域によって4つ、ないし2つの亜種があるともされるが、那須どうぶつ王国に聞いてみたところ、日本に入ってきているスナネコの亜種まではわからないそうだ。
捕獲禁止の国も多いが、毛皮や飼育目的で密猟されている。夜行性であり、砂漠の寒い夜に活動するため、柔らかく密な毛皮を持っており、それが仇になっている。家畜の放牧などの影響も受けているが、自然が厳しく開発の影響を免れる場所に生息しているため、この種に対する主な脅威は、人間による狩猟・捕獲だとする見方もある。
そして、IUCN(国際自然保護連合)等が、スーダン国内にスナネコ生息の記録はないとわざわざ書いているのは、とても気になる点だ。スーダン自体が密猟個体輸出のための第三国として使われている可能性も考えてしまうのが正直なところ。可能性として、生息しているのに科学的知見がないだけということも考えられるが、CITESの許可証を出すのに科学的知見が皆無で可能なのかという違和感があるのも事実だ。事実、EUの科学当局は、スーダンからのスナネコの輸入を不可とした(追記参照)。
また、飼育下で繁殖を行っているのは、カタールのアルワブラ野生生物保護センターや、オマーンの野生動物繁殖センターなど数カ所と、アメリカ、ヨーロッパの動物園があるようだが、スーダンにあるかどうかわからない。
なので、スーダン大使館に質問書を送り、以下の点を聞いてみたが、回答はないままだ。
IUCN(The International Union for Conservation of Nature)のウエブサイトには、スーダンにスナネコが生息しているという記録は存在しないとの記載があります。にもかかわらず、貴国で発行されているCITES輸出許可証には由来(SOURCE)欄にコード「W」(Specimens taken from the wild.)が記載されています。2)貴国内には、スナネコの繁殖を行う施設が存在するのでしょうか。あるとすれば、どのような施設か教えてください。(民間か公設か、動物園か野生生物センターのようなところか、それとも商業ベースでのブリーダーなのか等)
貴国で発行されているCITES輸出許可証には由来(SOURCE)欄にコード「C」(Animals bred in captivity in accordance with Resolution Conf.10.16 (Rev.), as well as parts and derivatives thereof, exported under the provisions of Article VII, paragraph 5, of the Convention.)と記載があるものもあります。
3)2019年にスナネコの日本への輸出に用いられた偽造の衛生証明書を作成した者は、貴国で罪に問われたでしょうか。文書の偽造もしくは密輸出等の罪に該当すると考えます。
※コードC:飼育により繁殖させた動物(決議10.16において定義される「制御された環境で生まれた. か又はその他の方法で産出された標本」の要件を満たすものに限る)
野生動物の飼育を持てはやすのは、もう止めて!
経済産業省の開示文書では墨塗りになっているのだが、その後、スーダンではない第三国からCITESの輸出許可証が出され、その国からもスナネコが輸入されている。正規の輸出許可証を出している第三国があるということだ。原産国はスーダンとされているが、許可証を出した国の国名を書く欄や、輸出許可証の全面が墨塗りとなっていて非公開だ。
伝え聞くところによると、どうもタイを経由させているそうで、ますます怪しさが倍増だ。(タイ、インドネシア、カンボジア、ラオス……賄賂が効く国々があるということは基本知識として知ってほしい)
第二のコツメカワウソにならないか、強く懸念を感じるところでもある。
スナネコは、体も行動も、砂漠の環境に適応して生きてきた動物だ。地面の下を動く獲物を見つけるための敏感な聴覚をもち、騒々しい環境に適するとは思えない。そして、捕食行動もできない小さなケージに閉じ込めてペットとして飼育するのは不適切極まりない。
また問題は、見た目のかわいさに反して威嚇の「シャー!」がなくならず、しかもその声は低く、全くかわいくないことだ。「思った動物と違う」ということになる動物ナンバーワンではないだろうか。
一般家庭で長く生きるとも、正直、思えない。野生動物を搾取し、顧客を「かわいさ」で騙し、金儲けを考えるのは、もう本当に止めるべきだろう。
実は、2カ所のどうぶつ王国で飼育されているスナネコたちも、商業目的で輸入された野生捕獲個体だ。(つまり、展示目的で動物園に入れるために輸入したわけではないという意味だ)
那須どうぶつ王国の担当者は、スナネコが輸入されていることを知り、「うちが引き受けないとペットに流れてしまう」という危機感を持って、関連施設と二手に分けて、4頭すべて導入することを決めたと述べていた。しかし、その思いもむなしく、その後の輸入ではペット用にスナネコが流れてしまっていると考えられる。
恐ろしいことではないだろうか。
人間が「珍しい動物を手に入れたい」「かわいい動物を手元に置いておきたい」と欲する支配欲が、結局これらの動物を殺す。水際で殺処分されるのも、どこかの個人宅で死んでいくのも、野生動物にとって残酷なことであるのに変わりはないだろう。
そして、腹立たしいことに、結局目につくのは展示されている動物だ。
マスコミも、「動物園に珍しい動物が来た」だとか、「かわいい」だとかで煽るのを、もう本当に止めるべきだろう。
報道を見るたび、水際で死んでいった多数のスナネコたちのこと、そして人間の身勝手な取引の犠牲になっているスナネコたちのことを思い、胸が痛む。
参考情報
EUのCITES科学評価グループ(SRG)は、2019年7月、スーダンからのスナネコ(Sand cat)の輸入に関し、否定的な結論をだした。(こちら)
公表されている文書から関係部分を抜粋すると以下の通り。
「Species+」データベース(訳注:CITES事務局が公開しているデータベース)はスーダンを生息地として認識していない(南スーダンだけである)。
※訳注:南スーダンは、2011年にスーダンから分離独立している。
スーダンの管理体制
情報なし
スーダンでの保全効果
情報なし
チェコのSA(科学当局)はスーダンのSAに対し、分布、管理計画、捕獲、国内取引、保全に関する情報を何度も求めてきたが、結果は得られなかった。データがないため、NDF(無害証明)を作成することはできない。
結論
・スーダンにおけるスナネコの個体数と生息状況に関するデータがないこと
・スーダンにおける国内取引と捕獲管理のレベルに関するデータがないこと
・スーダンにおける保護レベルに関するデータがないこと
に基づいて、「スーダンからのスナネコ」という種と国の組み合わせについて、SRG(科学評価グループ)として、否定的見解を提案するものである。
出典:https://ec.europa.eu/transparency/regexpert/index.cfm?do=groupDetail.groupMeetingDoc&docid=14891
追記
その後、2019年の正確な輸入数が判明しました。詳しくは、下記の投稿をご覧ください。
消費される「砂漠の天使」、スナネコ2019年にスーダンから野生捕獲個体が輸入されてしまい、珍しさや可愛さから話題にのぼっているところが目につくようになってきた、スナネコ。最初の2回の輸入では、偽造の衛生証明書が使われたことがわか[…]
2019年、スーダンが突然スナネコを輸出し始めましたが、それまで生息の報告はなされていない国でした。EUの科学当局は、スーダンが科学的な管理を行っていないとして輸入を不可としましたが、日本政府は、これを止めることはありませんでした。[…]